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東京高等裁判所 昭和52年(ラ)447号 決定

抗告人 木村節夫(仮名)

相手方 木村輝子(仮名)

主文

原審判をつぎのとおり変更する。

抗告人は、相手方に対し、婚姻費用の分担として、昭和五一年九月以降、両当事者の別居解消又は婚姻解消に至るまで、毎月金四万五、〇〇〇円づつを毎月末日限り(ただし期限の既に到来した分は本決定確定の月の末日に一括して)相手方住所に持参又は送金して支払え。

理由

本件抗告の趣旨ならびに理由は、別紙即時抗告の申立書(略)記載のとおりである。

一  当裁判所が記録によつて認定した事実関係は、原決定書二丁裏一行目から四丁裏三行目までの記載(ただし三丁裏二行目から、同六行目までに跨る括弧内の文言を除く。)と同様であるから、これを引用する。

二  相手方の生活費の分担義務について

右認定の事実によると、当事者双方が別居するにいたつた理由は、抗告人夫が相手方妻と増山秀一間に不貞行為があつたと疑い嫉妬のあまり妻にしばしば暴力を振い、他の女性との性的関係などで生活がすさみ、他方妻はその疑いを晴らす努力をせず、夫の暴力に堪え難いとして家出したことにあり、妻にとつても別居の責任の一半を免れず、また、別居以前においては妻は家族全体のための家事労働に専心していたが、別居後は夫と同居していた間のような家事労働をしてはいないものである。したがつて、このような場合、婚姻費用を夫婦の双方に公平に分担させるためには、夫が妻に対し負担すべき婚姻費用の程度は、妻が単独で通常の社会人として生活するのに必要な程度で足り、夫と円満に同居し十分な家事労働をしていた場合と同一の生活程度を維持するに必要なそれであることを要しないと解するのが相当である。したがつて、妻が別居後は専ら自ら働いて右の程度以上の収入を得ている場合には、夫は妻に対し、妻の生活費用にあたる婚姻費用を分担する義務はないものというべきである。

右の通常の社会人として生活するのに必要な程度は、たとえば標準生計費、実態生計費などの公刊された統計資料により判断できるところ、昭和五一年四月現在における当事者の住所に近い宇都宮市の場合についてみると、一人の標準生計費は金五万三、〇九〇円(但し、一八歳男子の場合。「賃金決定のための物価と生計費資料昭和五二年版」に付録として掲載された栃木県人事委員会算定の世帯人員数別標準生計費および生計費換算乗数による。同書一二九頁)であり、相手方の年齢(四五歳)、女性であることを考慮すると右額より若干増額されるところ、相手方の居住する栃木県○○郡○○○町は小都市に属し宇都宮市に比し約一割程度減額すべきもので、結局、相手方の標準生計費は右額とみることができる。相手方の月収は原審判認定のとおり金六万五、〇〇〇円で右標準生計費を越えるから、前記説示のとおり、抗告人は妻である相手方の生活費用を婚姻から生ずる費用として分担する義務がないことになる。この点において、抗告人の抗告理由1、2は、結論において理由がある。

三  誠の生活費の分担義務について

抗告人は、当事者間の二男誠(昭和三八年九月一九日生)は相手方と同居せず抗告人と同居しており、その生活費用はすべて抗告人が負担しているから、相手方に対し支払う義務はないと主張する(抗告理由3)。

前認定のごとく、抗告人は他の女性と同棲して新築した自己の家屋には殆んど帰宅せず、そこに長男裕司(二一歳)が居住しており、また、相手方の帰宅時間が勤務の関係で遅くなるため、誠は夜だけその家屋に泊りに行くことが多く、○○○町に居住する抗告人の父母が裕司、誠の世話をすることもあるのであり、また、記録によると、誠は大抵朝早く相手方宅に帰宅し相手方と食事を共にし、そこに自己の持物を置きそこから中学に通学し、誠の食費、小遣いなどの誠の生活費は主として相手方が支出しており、抗告人は時折誠に対し若干の小遣いや学校給食費を渡すことがあるとの事実が認められる。右事実によると、誠の生活費の現実の支出責任はその大部分を母である相手方が負担しているものということができ、抗告人は相手方に対し、誠の生活費用としての婚姻費用を分担し支払う義務がある。この点に関する前記抗告理由は失当である。

四  誠の生活費のうち抗告人の分担すべき程度及び額について

前記各事実によると、誠が両親に対し要求できる生活保障の程度は、特段の事情のない本件では、誠が両親と同居している場合と同程度の高さの生活程度であり、抗告人はその程度の生活を保障する義務を負うものというべきである。

前認定のごとく、抗告人の月収は金一五万七、〇〇〇円、申立人の月収は金六万五、〇〇〇円であり、記録によれば、裕司はゴルフ場運転手として勤務し相応の収入を得て生活費に事欠かないことが認められるので、同人の生活費は婚姻費用額算定上は除外すべきものである。当事者双方間には婚姻費用分担に関する約定も認められず、双方の収入の合計額金二二万二、〇〇〇円は、夫の年齢四二歳の場合の子一人を扶養する場合の標準生計費月額金一四万四、二〇〇円〔150,300-(156,400-150,300) = 144,200前掲物価と生計費資料三七頁。但し、全国平均〕より著しく高いものとはみられないから、その総額が生活費に充当されるものとして考慮する。また、労働科学研究所の消費単位(前掲物価と生計費資料四〇頁)は、抗告人が自動車運転者、相手方が飲食店店員でともに中等作業を営む場合にあたるものとみられるから、抗告人一・〇五、相手方〇・九五であり、誠は一四歳の中学生で〇・八五である。したがつて、誠の生活費相当分は、

(157,000+65,000)×(0.85/1.05+0.95+0.85) = 64,380

で月金六万四、三八〇円で、そのうち抗告人が負担すべき部分は、

64,380×(157,000/(157,000+65,000)) = 45,066

と計算される。(もつとも、相手方の負担余力は金一万一、九六〇円(65,000-53,090 = 11,910)にすぎないから、誠は実際には金五万六、九七六円(45,066+11,910=56,976)しか生活費の保障がされないことになるが、本来受けられるべき金六万四、三八〇円との差額は、前記認定事実によれば実際には抗告人側の負担においてある程度埋め合わされることも予想されるし、それでもなお不足分が生ずるとしても、それは結局両親が別居し比較的収入の少ない相手方が誠の生活費の現実の支出者となつたことに伴なう不利益であり、他方右六万四、三八〇円の生活費額は誠一人で生活する場合の標準生計費を相当越えるものであるから、やむをえない結果として不問に付して差支えないと考えられる。)右算定額に基づき考慮すると、抗告人が相手方に対し支払うべき婚姻費用分担額(誠の生活費)は一か月金四万五、〇〇〇円(端数控除)と定めるのが相当である。

よつて、家事審判規則一九条二項により、これと異る原審判を変更して、抗告人をして相手方に対し、本件申立の月である昭和五一年九月以降別居解消又は婚姻解消に至るまで、毎月四万五、〇〇〇円づつを毎月末日限り(ただし既に期限が到来している分は本決定確定後最初の月末日に一括して)支払わしめることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 石川義夫 高木積夫)

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